【アラベスク】メニューへ戻る 第18章【恋愛少女】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第18章 恋愛少女



第2節 休日の午後 [1]




 新学期が始まって二週間ほどが経っていた。明確な進路が定まらないまま美鶴はそのまま文系クラスで三年に進級した。イマドキの進学校では特待生クラスを設けたり、国立大向け、有名私立大向けのクラスを設置したりする学校も多いようだが、唐渓ではそのようなクラス分けはない。
 担任は、偶然か意図的にか、二年の時と同じ阿部(あべ)だった。またしても問題児のクラスを受け持ってしまったと、職員室でボヤいているらしい。噂だが、嘘ではないだろうと美鶴は思っている。
 クラスメイトも、美鶴との同室を喜んではいない。こちらは噂ではない。
「まったく、三年生と言えば高校三年間の集大成の年ですわ。それをよりにもよってあんな能面女と同じ教室で過ごさなければならないなんて」
「私は中学から唐渓ですのよ。この学校と共に育ってきたはずですわ。そのような私にこのような女との一年間を強要するなんて、この学校は恩というモノを何だと思っているのかしら」
 そのような私に。中学からの五年間で多額の授業料を支払ってきたこの私に。
 クラスメイトの中には美鶴との同室に憤慨して、親を介してクラスを変えるよう抗議した生徒もいるらしい。だが、それは認められなかった。
 そもそもクラス編成時に、そのような事態が起こるかもしれないなどといった想定は学校側もしていたのだ。抗議してきても突っぱねる事ができるような家柄の生徒を最初から揃えている。気難しくて我侭な金持ちの扱いなど、学校側も心得ている。
 あと一年か。
 駅舎でぼんやりと頬杖を付きながら、美鶴は心内でつぶやいた。
 早いようでもあり、短いようでもあった。特に二年生の一年間は、すごく長かったようでもあり、あっという間に過ぎてしまったような気もする。一年前、この場所で数学教師の門浦(かどうら)に殺されそうになった事件など、もう何年も前の事のような気がする。
 そっと、首に触れる。
 あの時、瑠駆真と聡が助けにきてくれなければ、美鶴はきっと死んでいた。それは本当に偶然のようなものでもあり、助からなくても不思議ではなかった。だが、偶然と言うのなら、そもそもあの二人があの時期に唐渓に転入してきた事自体が偶然である。あまりに偶然過ぎて、必然であったのではないかとすら思えてくる。きっと、聡と瑠駆真にとっては、運命にも近い必然、なんてモノでも感じているのかもしれない。
 っんな事言ったってなぁ。
 美鶴には、二人からの好意を受け入れるだけの余裕は無い。と言うか、それどころではない。
 だって、美鶴の気持ちは別の人へと向かっているのだから。
 霞流さん、どうしてるのかなぁ。
 もう一ヶ月以上も音信不通。本当は春休みにはまたあの繁華街へ通おうと思っていたのだが、できなかった。
「っんな行動、許すと思う?」
 合鍵を使って悪びれもせずに部屋へと入ってくる瑠駆真と、聡。
「納得できるような説明をしてもらうまで、居座るからね」
 女の部屋に入り込むなんて不謹慎だなどと喚いたところで、この二人には通用しない。
 説明ったって、何をどう説明すればいいのやら。
 結局美鶴は、春休みの間中、ずっとこの二人と過ごすハメになった。詩織は興奮してやたらと帰りが早くなったが、美鶴にとってはウンザリするような休みだった。
 一人暮らしをしている瑠駆真とは違って家族と同居している聡は、家を抜け出してくるのが大変だったらしい。が、それでも詩織が居る時間には家に帰って親に顔を見せ、夜にはこっそり抜け出して美鶴の家にやってくるという芸当を見せた。
「根性だね」
 瑠駆真の嫌味にチッと舌を鳴らす。
「お前と美鶴を二人っきりになんてできっかよ。それにしても、今日は厄介だったな。緩のヤツがリビングでなにやらゴソゴソやっててよ」
 義妹の名前に瑠駆真がかすかに瞳を細めるが、聡も美鶴も気付かない。
「ブツクサ言うなら来なければいいジャン」
「お前に夜遊びなんてさせるよりかはマシ」
「夜遊びなんてしていない」
「だったら、あの男は何だ? 霞流と繁華街で何やってる?」
「そんな事、お前には関係ないだろ」
「残念でした。こっちにとっては重大問題なんだよねぇ」
 そんな会話を交わしながら、やがては新学期が始まってしまった。
「本当はこのままココに住みつきたいところなんだけどな。だって君、学校通いながら夜はコッソリと霞流のところへ行ってしまいそうだし」
 冗談とも思えないような瑠駆真の言葉に美鶴は拳を握り締めた。
「三年だぞ。受験だぞ。そこまでヒマじゃないっ!」
「そうか、受験か。で、美鶴、君はどんな進路を選択するんだ?」
 相変わらず痛いところを突いてくるヤツだなっ!
 いくら心内で毒づいても瑠駆真相手に言い逃れられるワケもなく、結局はそっぽを向くのが精一杯。
 進路は決まってはいないが、だからといって成績を落とすワケにはいかない。去年の夏、休み前の模試で英語の成績を落とした時の悪夢が甦る。
 ツバサの兄の件でいろいろと忙しかった事もあり、最近は学生の本分を疎かにしがちだった。成績をキープするためにはしばらくは勉強に集中する必要があったのは本当だ。結局、繁華街へ行く余裕など無かった。
 霞流さん、どうしてるのかなぁ。
 桜も散り、緑の濃くなり始めた景色を眺める視界が、ふっと遮られる。
「どうした? テスト終わって、気が抜けたか?」
「は? 冗談でしょう?」
 聡の言葉に、慌ててシャーペンを持ち直す。進級後の校内模試。今日、結果が貼り出された。周囲の囁き声から自分がしっかりと学年トップを維持した事を知った。ホッと安堵しているのは事実だ。だが聡の前で、そのような胸の内を晒すなど癪だ。
「じゃあ、何ぼんやりしてんだよ?」
「ちょっと考え事よ」
「ふーん」
 瞳を細めながらも、それ以上は突っ込まない聡。何も言わず、ただ視線だけをチラリと送る瑠駆真。
 ツバサは最近は姿を見せない。唐草ハウスでのイベントの準備で忙しいらしい。GW(ゴールデンウィーク)にちらし寿司を作って鯉のぼりをあげるのだとか。ツバサが来なければ当然相方も来るわけはなく、ここしばらくは三人で過ごす事が多くなった。
 連休かぁ。
 美鶴は特には予定もない。
 子供の日ねぇ。鯉のぼりなんてあげた事ないな。って、あれは男の子のお祝い事だから、私には関係無いか。
 この二人には、そんな思い出、あんのかな?
 向かいへ視線を投げる。美鶴への追求を断念した聡は、再び教科書へ視線を落としている。
 昔。まだお隣さん同士だった頃、聡の家のベランダに鯉のぼりが飾ってあるところなど、見た事はなかった。狭い団地のベランダだったが、無理矢理飾っている家庭もあった。
 隣へ視線を投げる。
 瑠駆真の子供時代など、美鶴は知らない。彼は中学時代の美鶴を覚えているが、こちらはほとんど記憶も無いし、同じ中学校だったというだけで、家族ぐるみの付き合いがあったというワケではない。
 母と二人暮らしだったのは知っている。その母親は、中学二年の時に他界した。







あなたが現在お読みになっているのは、第18章【恋愛少女】第2節【休日の午後】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第18章【恋愛少女】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)